障害を持って産まれたみなしごとの赤ちゃんの壮絶な人生!これは実話です。

出版元 03/07/2021
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ブラジルに住むある若い夫婦に男の子が産まれました。その赤ちゃんは産まれた瞬間、元気な産声をあげました。子供の名前はゲーブ。しかしゲーブは普通の赤ちゃんではなかったのです。ゲーブのお産を担当した医者も看護婦も、そしてゲーブの両親もみんな産声をあげているゲーブを見て、息をのみました。病院で子供を捨てるなんて多くの人は考えもしないことです。しかし、ゲーブのお母さんは産まれてきた息子の有様にショックを受けノイローゼになってしまいました。もうどうしていいか分かりませんでした。この若くて貧しい夫婦は思い悩んダ結果、病院に置き去りにするという苦渋の決断を下します。そしてある日、違う病院の非常口に毛布でくるんだゲーブを置き去りにしました。しばらくして赤ちゃんを見つけた看護師は、赤ちゃんの毛布をめくった時人生最大の衝撃を受けました!これはブラジルで産まれて捨てられたある赤ちゃんの実話です。

タイトル

みなしごハッチ

ある夜、病院の非常口で置き去りにされていた赤ちゃんを見つけた看護師は、毛布をめくり一瞬にしてショックを受けました。残念なことに、ブラジルでは病院前の歩道や非常口に赤ちゃんが置き去りにされたケースは初めてではなかったからです。治安の悪いブラジルでは、悲しいことに貧困やレイプなどで何らかの問題があって子供が産まれたけれども育てることのできない人たちが、正式な養子縁組手続きをふまずに、こうして赤ちゃんを置き去りにするケースは今まで数々ありました。彼女は診察のため、急いで赤ちゃんを緊急治療室に運びました。この後、医師たちは声をそろえて言いました。この子はとても特別な赤ちゃんだ!と・・・。

みなしごハッチ

特別な赤ちゃん、ゲーブ

さて、親から捨てられ病院に保護されたゲーブ。顔はとても愛らしく検査中も元気な産声をあげていました。しかし、この赤ちゃんは普通の赤ちゃんとは決定的に見た目が違ったのです。一体何が違っていたのでしょうか?赤ちゃんはハンハルト症候群という病気を患っていて、両腕と両足がない状態で生まれてきたのでした。これは20,000人に1人が発症する珍しい病気で、あごや舌の奇形、手足の指が一部ないといった特徴があります。しかしゲーブのケースが特別だったのは、指だけでなく足や腕自体もなかったことでした。そしてこの病気はゲーブにとって、重度の障害を負わせることになりました。何と過酷な運命なのでしょう。捨て子になっただけでなく、重度の障害を持って産まれてくるとは。検査診察をした医師もゲーブに対して気の毒な気持ちでいっぱいになり、看護婦は目に涙を浮かべていました。しかし、ゲーブの鳴き声はその思い空気を吹っ飛ばすほど元気で明るかったのです。

特別な赤ちゃん、ゲーブ

ゲーブ、孤児院へ

しばらくして、病院で検査結果に異状がないことが分かると、この不幸な赤ちゃんは孤児院に送られ養子に出されることになりました。看護婦は淡々とゲーブを孤児院へ送る手続きを済ませました。しかし心の中はゲーブの可愛い微笑みを見るたび、張り裂けそうな悲しみで心が痛くなりました。手足がない赤ちゃんを引き取ってくれる家族はいるのでしょうか?希望はなさそうです。養子として引き取られたとしても、彼には24時間、特別な介護や医療処置が必要となるため、一般的な赤ちゃんよりも大きな責任を負わなければいけません。この時は、この赤ちゃんは社会から切り離されて寝たきりの人生を送ることになるかと思われていました。看護婦は本当に気の毒な人生の始まりだと気の毒な思いでいっぱいでした。こうしてゲーブは病院から孤児院へ送られていったのです。

ゲーブ、孤児院へ

幸運の女神

しかし幸運の女神はこの赤ちゃんを見捨てていなかったようです。ブラジルから数千マイル離れたユタ州に住むある女性、ジャネル・アダムスは買い物中にゲーブについてのニュースを見かけました。スーパーのテレビのお昼のニュース番組でゲーブの悲劇的な報道を見かけ、思わず買い物を中断してテレビに釘付けになりました。ゲーブのニュースを見たジャネルは帰路につきましたが、運転中もゲーブのことが頭から離れませんでした。ジャネルは悲壮な運命を背負いながらもスクリーンで明るく笑っている強いゲーブに完全に心を動かされていたのです。ゲーブのことがずっと頭から離れず、ついにはゲーブをブラジルから引き取ろう、ゲーブを新しい家族として受け入れようと夫のロン・アダムスを説得しました。ジャネルとロンは、この赤ちゃんを自分たちの養子にするためにニュースで流れていた会社に連絡し、二人に養子の意志があることを表明し、ブラジルへ行く準備をしました。しばらくして放送局から連絡があり、正式にゲーブを養子として引き取るための許可が下りました。しかし、何しろ国をまたいでの養子でしかもその子供が重度の障碍者となるとゲーブの養子縁組の手続きはそう簡単には進みませんでした。

幸運の女神

ゲーブ、いざアメリカへ

養子縁組を申し出てブラジルへ渡ったアダムス夫妻ですが、養子縁組を成立させることは、ジャネルとロンにとって容易なことではありませんでした。手続きには非常に長い時間、たくさんの書類の準備、そしてとてつもない忍耐力が必要でした。まずは自分たちがこの重度の障害を持った子供を受け入れるだけの財力と環境を用意できるかというところから始まり査定されました。アダムス夫妻は以前にも何人もの養子を迎えていました。アメリカ国内だけではなく、世界中で親に捨てられて困っている子供たちの里親になっていたのです。ゲーブのケースは障害者ということで、特別難しいケースでした。しかしそれでも2人は諦めず、ついにはゲーブをブラジルの孤児院からアメリカの自分たちの家に連れて帰りました。この手足も家族もなかった少年は、アメリカで新しく住む家、愛情あふれる両親、そして13人の兄弟姉妹を一気に手に入れました。ブラジルの孤児院では名前もなかったこの赤ちゃんは、ゲーブという新しい名前をもらって正式にアメリカ人として、そしてアダムス夫妻の養子として生きていくことになりました。何という運命の変化でしょう!アメリカに到着したときには、空港で兄弟全員が迎えに来てくれていてみんなに歓迎され、本当に感動的だったそうです!

ゲーブ、いざアメリカへ

苦労

苦労はそれを乗り越える人に起こると言われています。ゲーブが負った過酷な運命は五体満足で両親の元で祝福されて産まれてきた子供とは到底比べものにならない苦労の連続でした。アダムス家に養子縁組に迎え入れられ、13人の兄弟の中で育っていくゲーブには明るい素敵な未来が待っているように見えました。しかし同時に彼には数多くの挑戦が待ち受けていました。通常、人々が何気なくやっていることも、彼にとっては大変なことでした。学校では障害のことを笑われ、いじめられました。見た目からして明らかな重度の障害、そしてそれを受け入れられないアメリカ社会の偏見、そして学校で受けるきついいじめが原因で、1年生の時に転校することになったほどです。ゲーブは大きくなるにつれ、自分の存在に対して絶望しました。時には死んでしまいたいと思うこともありました。彼は同級生とあまり話をせず、隠れて泣くこともよくありました。ゲーブの人生は苦しみと葛藤の連続でした。しかし彼の両親は、いつも自分でできる限りのことをするよう彼を励まし、逆境に負けないよう彼を厳しく育てました。

苦労

強く育て、ゲーブ!

人には言えない苦労の連続と挫折や絶望感、たくさんの困難に直面したたゲーブですが、両親に強く厳しく育てられたお陰で、何事にもめげずに頑張れました。そして両親に教えられた通り、独りでどんなことでもこなせるようになりました。病気で手足が生まれつきなくても読み書きだけでなく、携帯でメッセージを送ったり、服を着たり、シャワーを浴びたり、毎日の生活に欠かせない諸々のことすべてを自分でできるようになったのです。また、車いすの使い方を自力で学び、いろいろな場所に独りで行けるようになりました。それだけではありません。12歳の時に自分の意志でダンスを始めたいと思い、独りでダンスを覚えたのです!

強く育て、ゲーブ!

ゲーブとダンス

ゲーブは踊ることが大好きでした。ダンスをしている間は自分の人生の苦労や挫折や悲しい気持ちなど全部吹っ飛んでいました。体を動かすと気持ちもスッキリ、全てにおいて前向きになれました。ゲーブの運動神経は抜群で、鋭い音感とリズム感、そして他の人が使わない筋肉も発達していました。12歳から始めたダンス。しばらくして、ゲーブは、学校の誰よりも上手にブレイクダンスをすることができました。彼は正式にダンスチームにも参加し、そこでブレイクダンスを極めました。そして誰もがゲーブのブレイクダンスの切れの良さと回転の速さに驚き、彼のブレイクダンスの才能と技術を認めました。そうするうちにゲーブはあるブレイクダンスコンテストに出場し、なんと第2位の結果を残しました。その頃、同級生からスタンディング・オベーションの技術を教えてもらいました。それは難しいブレイクダンスのテクニックでゲーブはその技術を障害者の体で身に着けるため、更に人一倍練習に励みました。ゲーブの心には完全に火がついていました。いつか絶対にブレイクダンスのプロになろうと!ゲーブにとって毎日が自分との闘いでした。ゲーブのダンスは今まで乗り越えてきた人には言えない苦労や障害者としての苦悩についてダンスを通して表現しました。ゲーブの普通ではないブレイクダンスは観客を感動させ魅了しました。数々のコンテストに出場し、いくつかのダンス競技会で全米の注目の的となりました。

ゲーブとダンス

モチベーショナルスピーカー

ブラジルで捨て子になりアメリカへ養子として引き取られ、重度の障害を抱えて育ってきたゲーブ。これらのたくさんの挑戦と挫折を乗り越えてきたゲーブは、肉体的にも精神的にも明るく健康でたくましい男性に成長しました。ゲーブには誰にも負けない自信と真の強さがありました。ゲーブに知り合った人は誰しもゲーブの強さに惹きつけられゲーブは知らずとしてリーダー的存在になっていました。今でもダンスを続けているゲーブですが、ある日両親からモチベーショナルスピーカーにならないかという素晴らしい提案を受けました。ゲーブがこれまでに経験してきた困難や実体験、失敗や挫折、そして並大抵ではない努力や成功を伝えることで、聞いている人たちを勇気づけたり、その人たちの隠れている能力を引き出せると考えたのです。

モチベーショナルスピーカー

素晴らしいキャリア

両親からの提案、自分に課せられた新しい課題、モチベーショナルスピーカー。果たしてこんな自分が人を勇気づけることが出来るのだろうか?と初めは不安でした。でもゲーブは今までの自分の壮絶な人生の経験を人に伝えたい、自分の心の声を聞いてほしいと思いました。そしてモチベーショナルスピーカーになることを決心しました。それからゲーブは効果的に人前で話すパブリックスピーチのテクニックを一生懸命練習しました。こうしてモチベーショナルスピーカーとして何度も人前で話すようになり、プロとしてのキャリアを築いたゲーブは、あっという間に世界中で引っ張りだこになり、色々な国に出向いて講演をしてきました。様々な境遇の何千人もの人たちの前で話をし、現在でも大勢の人を勇気づけています。寝たきりの一生を過ごすと思われたこのブラジルの少年は、今では世界中を旅して障害者だけでなく、健常者にも自信を与えています。

素晴らしいキャリア

愛と強さ

肉親に捨てられ、手と足がないという過酷な障害を持って産まれてきたゲーブ。ゲーブは、アダムス一家がこんなゲーブを養子に迎えると一大決心をして、家族へ迎え入れ、たくさんの犠牲を払いながら彼をここまで育ててくれたことに本当に感謝しています。そんな家族は彼にとって最高の宝物だそうです。一方、彼の両親は、ゲーブが自分たちの苦労など比べものにならない、たくさんの喜びを彼らに与えてくれたと思っています。「彼がいつもベストを尽くすように頑張っている姿は、私たちにいつも元気と勇気を与えてくれます」と父親のロン・アダムスはテレビのインタビューで話しました。苦労はそれを乗り越えられる人についてくる。私たちは誰もが可能性を秘めています。ゲーブの背負った過酷な人生は並大抵ではありません。しかし誰もがこの世の中で愛し愛され、そして失敗してもくじけずまた這い上がる、自分と戦い続け、更に強くなり人を助ける、ゲーブの人生物語はまさしく愛と強さの象徴ですね。

愛と強さ

 

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